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μ'sとAqoursの比較をしてはいけない理由

こんにちは。Yuukiyanです。最近、μ's原理主義者と呼ばれる人達とサンシャイナーと呼ばれる人たちがいがみ合ってるのを見て、思う所があったので、稚拙な文章となりますが書くことにしました。尚、この記事の対象は、以下の大前提を持った方のみです。もし以下の大前提を持っていないのであれば、ただただ不快になるだけだと思いますので、ここで読むのをお止めいただいた方がよろしいかと思います。

Aqoursはμ'sの物語があったからこそ誕生した

・μ'sにもAqoursにも良い所はあるし、努力もしている

・問題があるのは公式である

・これからもラブライブを応援していきたい

これらは最近ラブライブというコンテンツに疑問を感じている人たちの共通認識であると思います。もし違うのでしたら、お引き取り下さい。ただのAqoursアンチ、μ'sアンチはもう他のコンテンツにでも行けばいいと思います。実際に、そうした方もいます。

3つ目の大前提ですが、これは詳しく言うと

・μ'sの露出が圧倒的に減っている

Aqoursを盛り上げるのにμ'sを利用している

という二つの問題に分けられると思います。

一つ目に関してですが、これは言うまでもありません。誰がどう見てもμ'sの活動の幅は減っています。声優ユニットのμ'sが活動出来ないのは、契約切れ、もしくは体の問題など、色々な原因があるかもしれません、そこはファンは知る由もないので置いておきます。しかし、スクフェス米騒動(かよちんだけ新規URが1年近く出ていない)、Solo Live、ベストアルバム、春色バレンタインなど、あまりに放置している物が多すぎます。Aqoursを優先する事に関しては問題無いと思います。新規コンテンツですから、そちらの方に力を入れるのは当然かと思います。しかし、μ'sのコンテンツを放置してまでAqoursに力を入れて欲しいかと言われれば、それは違います。μ'sのグッズもきちんと出したうえでAqoursに力を注ぐべきだと思います。μ'sのファンは減るどころかファイナル、そしてサンシャインからの新規勢によって増えているのですから、ビジネス的に考えてもおかしいでしょう。

Aqoursを盛り上げるのにμ'sを利用している、これは正直解釈の仕方だと思います。μ'sの盛り上がりがあったからこそ、今のAqoursの盛り上がりがある、というのは今までμ'sが育ててきたラブライブという肩書を背負っている以上、言うまでもありません。しかし、サンシャインアニメにμ'sが出てきたのはμ'sファンへのファンサービス、スクフェスACをAqours声優に紹介させたのは、μ's声優が現在活動できないのに加え、Aqoursのファンにもμ'sを知って欲しいから、など色々解釈出来ます。少なくとも僕はそう思います。解釈の仕方によっては批判する人が出てきても仕方無いのかな、と思います。

 

話がそれましたが、なぜ比較をしてはいけないのかについて話したいと思います。恐らく、比較している人の殆どは「ラブライブ公式がμ'sとAqoursを繋げていく方針を取っているのに、なぜ比較してはいけないのか」、こう思っているんだと思います。もし違いましたらごめんなさい。そちらに関しては何も言えません。

例えば最近ですが、μ'sのMOMENT RINGの歌詞「新しい夢が生まれてくると 僕たちは知ってるよ」と、AqoursのHAPPY PARTY TRAINの歌詞「受け取ったよ 次の夢を」が繋がっていると、ファンの間で騒がれました。これはどちらもμ'sとAqoursを同じテーブルに上げています。つまり、どちらも尊重している訳です。

しかし、比較の場合は「○○と比べて○○は」という論法を使うので、どちらかを下げる訳です。それ、本当に必要ですか?μ'sを持ち上げるのにAqoursを貶める必要がありますか?Aqoursを持ち上げるためにμ'sを貶める必要ありますか?なぜわざわざ対立を煽るような事をするんですか?

サンシャイナー全員がμ'sを貶めるでしょうか?いいえ、そんな事ありません。しかし、基本的に「これだからサンシャイナーは○○...」と、一括りに批判されてしまうことが多いです。

原理主義者も同じです。原理主義者が全員、Aqoursを貶めるでしょうか?まさか。そんな人がいるならば、μ's原理主義者というよりはAqours排外主義者でしょう。むしろ公式批判のみ、Aqoursは無関心・不干渉の人が多数でしょう。しかし現実として、「原理主義者はこれだから...」と一括りにして批判されてしまう訳です。これっておかしくないですか?

本来一個人の問題であるはずが、いつの間にかそのグループ全体の問題に昇華されちゃってる訳ですよ。だから、これは間違ってるんです。しかし、現実としてそういった印象を付けられてしまうんです。そういった人が大多数なんです。だから、どちらかを貶めて批判するべきでは無いんです。この論法、界隈を盛り上げるどころかヘイト貯めしかしないんですよ。コンテンツ同士の対立で例えてみようと思います。

2015年のある日、こんな記事がはてな匿名ダイアリーに投稿されました。

anond.hatelabo.jp

この記事は、簡単に言うと東方はもうオワコンで艦これが昔の東方ポジションにいるよね、っていう、東方sage艦これage記事です。間違いなく対立厨の仕業ですが、極端な例として出しました。

この記事を見て東方クラスタの方々はどう思うでしょうか?ある程度ネット慣れしている人であれば「また対立厨か」で終わるかもしれません。しかし、一定数の人は「艦これクラスタの中でこういう考え方をする人がいるんだ」という印象を持つと思います。結果、「艦これクラスタ」という物自体が「東方がオワコンだと思っている」というレッテルを貼られた見方をされてしまうことになるんですね。

一方で艦これクラスタの方々はどうでしょうか。こちらの方々も、一部ですが「東方は艦これに比べてオワコンなんだな」と、東方に対して否定的なイメージを持ち始めます。

これ、相互不利益なんですよ。誰も得をしない上に、互いに悪いレッテルを貼られてしまう訳です。こんな無駄な事、あってはなりません。これはμ'sとAqoursでも同じです。

今回、東方と艦これの例を出しましたが、これらのジャンルは比較的年齢層が高めなので、対立問題が対立厨によるものだという共通認識が広まり、最近はそんなにいがみ合ってるという空気は無いです。むしろ、仲が良い方だと思います。

対してラブライブというコンテンツはどうでしょうか。年齢層は低く、まとめサイトなどからの情報に振り回されるような人が多いように見受けられます。ですから、余計に「レッテル貼り」というものが力を持つんです。そんなコンテンツの中で、あえて比較をして片方を貶めるという対立厨紛いの事、果たしてする必要があるんでしょうか。

 

 3/10 追記

f:id:yukyanjpn:20170311083112p:plain

個人的な話ですけど、こういう批判は良いと思うんですよね。自分の気持ちを素直に表してるし、断定口調でもない、あくまで「私はこう思ってる」に留めてる。

実際スリリング・ワンウェイやWaku-Waku-Weekって「ずらっ」とか「ピギィ!」とかキャラの個性を前面に押し出した、例えるなら「ゆるゆり」みたいな楽曲だし、好みが分かれるのもめちゃ分かるんだよね。。。でもさ。。。

f:id:yukyanjpn:20170311083514p:plain

これ、一番ダメなやつだってええええええええええええええええええええ!?!?!?!?

話の流れ的に「スリリング・ワンウェイ」の出だしの部分の奴でしょうけど、一番やっちゃダメなやつですよこれ。

「やっぱり、Aqoursってμ'sの積み重ねがあってのものだよなあ」

これなら理解出来ますよ。実際そうですし、μ'sの物語で培ったノウハウが存分に使われてるなあって思います。

でもさあ、これ、ダメでしょ?Aqoursのキャラである千歌ちゃんのセリフの意図を改変して、煽りに使ってるんですよ?しかもあろうことかμ'sを利用して!

ある意味宣戦布告とも取られかねない、ツイートして世界中に発信した側は軽い気持ちかもしれませんけど、これ見た側イライラMAXですよ本当に。

私、比較ダメって言いましたけど、それって要するに比較が煽りに繋がって、結果的に相互イメージダウンに繋がる事を懸念している訳であって、「μ'sはこうだったけど、Aqoursはこうなんだね」みたいな、穏便に済ませられるツイートなら大丈夫だと思うんですよ。「μ'sはこうなのに、Aqoursはこんなんなの?」←これはアカンと思いますけどね。

しかも一番タチ悪いのはこれわざわざμ'sファイナルライブのアイコンでツイートしてるんですよね...「μ'sのファンである」という立ち位置から言ってる訳ですよ

これがラブライバーではない、全然違うクラスタの人ならまだスルー出来た。「ああ、こいつはなんも分かってねえんだな」って。

ラブライバーって事は、現在μ'sとAqoursを取り巻くこの現状を顧みて、こんな発言が出来てる訳ですよ。もう、呆れるしかありません。。